そのうちに誰かが文芸部にイノベーションを起こしてくれるような気がしないでもない。
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俳句甲子園が近づいてきた(あと何日?...一ヶ月くらいか)ので、最近の部活で「本番と同じ方式で俳句についての議論をする」というのがありました。
俳句を二度読み上げ、景の確認をし、その俳句の表現について相手側が質問を投げかけたりし、詠み手側がそれに答えたりする。
これが全体の流れであるということで、これと同じ事を部員+αで行いました。
......え?
「+α」ですと?
そう。実はその日、僕の文芸部員ではない友人が部室に来ていたのです。もちろん他の部員は歓迎していました。まぁそんな事はどうでもいいですね。
その友人がタイムキープ役を担い、実際にやってみた感想は、「難しい」でした。
使った句が「部室に置かれてる句集の句」だったり「去年の文芸部員が甲子園のために作った句」だったりしたため詠み手役も想像をするしか無かったりした、というのも理由の一つにあったかもしれませんが、とにかく難しかったです。
特に自分の考えを言語化するというのが。
如何に自分の感じた違和感を言葉に表すか。どのようにしたら相手にもそれを共有できるか。
言葉の奥の深さの実感というのは、このような面からもできるのだなあ、と。
しかーし!今回はただ「ムズカチカッタァ-」で終わらせてしまったが、次回(執筆当時:今日の放課後)からはそんなしょうもない感想で終わらせない!絶対に「自分の句への理解が深まった!そんな意味もあったなんて、制作当時の僕は考えが深いなあ〜」と思って終わってやる!
実際、提出した後に景を後付けした句もありますし。こんな二重人格みたいな感想を抱くのも、けして荒唐無稽なものではないでしょう。
本番に緊張して声が小さくなったり詰まったりしないと良いなあ......。
ごちそうさまでした(今回もまた前回同様弁当を食べながら執筆していた)
今回は、このブログを見ている人(文芸部員以外に居るのか?...という言葉にはボディプレス)への自己紹介を忘れていたので、それをしていきます。
まずペンネームから。この「囲回曰」は「いぐち はじめ」と読む...という事はもう書きましたね。読んだことが無いって方は前のブログ(「まだ文芸部の実態を〜」)をご確認いただければ。
基本的にスマホでブログを書いています。なので「かこ」まで打ち込めば、変換予測に「囲回」が出てきて、それを押したらその直後に「曰」が出てきます。
ありがとう。もしこの予測変換機能が無ければ、いちいち「かこいまわりいわく」と打ち込む必要に迫られて、僕が発狂してしまうかもしれなかったです。
もちろん本名とは何の被りもありません。
では、僕の来歴について......。
- 小学四年生ごろ・・・斜線堂有紀さんの「不純文学」を読み、「言葉で作る芸術」に興味が湧く。
- 小学六年生・・・友達(のちの親友)が小説を書いているという事が発覚し、「小説を書く」事を非常に身近に感じる。
- 中学一年〜二年生・・・自称長編小説(二万文字くらいなので実際は中編程度)の小説を書き上げる。出来はほどほど。また、「100文字以内」で小説を書こうとしたりなど、短編小説にも興味が向く。
- 中学生三年生・・・「受験」という言葉に中指を立てながら、私立A入試の二日前に友達と初サイゼに行ったり、公立入試の当日の朝にゲームをやったりする。
- 高校一年生・・・文芸部に入る。部誌に載せられる程度の長さの短編(数千文字)を書く能力に乏しい事に気がつく。
平凡な、誰にも当てはまる事しか書いてないですね。
最後に「自分とはまだ数週間しか会っていない他の文芸部員の印象ついて」的な他己紹介を書きたい気持ちも少しあったのですが、いかんせんペンネームと顔が一致している人が少なくてねえ。印象が濃い人が多く、書く内容自体には困らないんですけれども......。
というわけで、今回はここで終わりにします。
昼休みに弁当を食べながらブログを書く事はちらほらあったのですが、その時間内で最初から最後まで書き切るのは初めてです。今後はこれが普通になってしまったらどうしよう。
俳句甲子園。
それは高校生の団体同士で俳句について議論する、歴史ある大会である。例年通り、今年この札幌西高等学校はそこに出場する事が決定していた。そして「来年以降のためにも一年生の何人かは出場してほしい」という言葉や、自分の直感に従い、僕はこの大会に出場することにした。
恥ずかしながら僕は、文芸部に入るまでそういう大会があるという事を知らなかった。
甲子園に向けて俳句を作り始める前までに僕が俳句を作った経験は、ほぼ0だ。中学校の国語の授業の一環で作らされた作ったくらい。何が季語なのか、そもそも何故季語を入れるべきなのかもよく分からない初心者だった(その結果、「夏近し」「蟻」という季重なりを起こしてしまう)。
しかし作ってみると、ああなんと楽しいことか。句の出来はさておき、言葉を一文字の無駄もなく並ばせ揃わせるという作業は、新鮮で、絡まったイヤホンが解ける瞬間に立ち会うような感覚だった。
しかし今回は「楽しいね、よかったね」で終わってはならない。「俳句甲子園に出せるほど十分な出来栄えの俳句を作る」事を目指さねばならない。
そんなわけで僕は、どうすれば良い句を作れるかを考えたために......学校の課題へ手をつけられなかった。正確に言うならば、ワークシートを進めている途中で突然脳の中の詩人(自称)が、「ねえねえ、こんな情景が面白くない?」と語りかけてくるのだ。
もし僕が「うるさい、黙れ、課題を進めさせろ!そもそも何だ『詩人(自称)』って!そもそも詩人はみんな自称だろ!」と言って突き放せるような人間だったら良かった。無理せず課題を終わらせる事ができた。
しかし現実の僕はそうはせず、「へー、そう?じゃあちょっと考えてみよっかな」などと言ってシャーペンを置いた。
そうして僕は、課題を差し置いてまで作るべきでない程度の出来栄えの俳句を作りましたとさ。
このブログを書いている今は、何の句を提出するかの昼休み会議が終わり、残り少ない時間に弁当をがつがつと食べている。その咀嚼の合間を縫って机に置いたスマホのキーボードを打ちこの文章の続きを綴る。そして口の中の食べ物をあらかた飲み込み終わったら、キーボードから離した手で箸を持ち直し、具材を掴む。なんだよこれ。納期直前のプログラマーかよ。
なんとか間に合わせる事ができてよかった、と思う。一応句自体は何日か前(執筆当時)には揃っていたのだが、もう少し時間があればより良い別路線の句を作ることができたと考えると、あぁもっと俳句に時間を費やしたかったなと思う。
もうすでに課題をやる時間を削ってるのにこれ以上何を削れって言うんだよ!
一瞬そう叫んだが、僕にはひとつ明らかな「無駄時間」に心当たりがあった。それは、スマブラをする時間だ。
スマブラと言っても、僕が無駄だと思っているのはCPUと戦ってCPUをボコす時間だ。あれは何も生まない。ストレス解消したいならポケモンユナイトでもやっとけ(特大ギャグ)。
そのくせそれを始めたら1時間2時間と時計の針が進みやがる。この時間を無くしたら、どんぶり勘定だが1週間に5時間くらいは時間を作れるのではないだろうか。
......なぜ削らない?
内心思っていた事ではあるが、改めて言葉にするとアホくさすぎる。なんだよこれ。昼休みに弁当食いながらブログを書くとかいう時間の切り詰め方はするのに、変なところで時間を浪費している。その頭の悪さを直せ。
というわけで僕はこの場で誓います。もう(少なくとも高校生のうちは)スマブラでCPU戦はしません。
さあ、完璧なタイムマネジメントへ一歩近づいた囲回曰くん。一体彼はこの生み出した時間で何をするのでしょう。勉強、部活...。様々な可能性が広がりますね。......え?また別のゲームをやるの?
これは我らが文芸部の如月琴葉氏の投稿ブログ件数です(2026年5月1日時点)。
計算とはなんと便利なものでしょう、この数字と彼のブログ初更新から今までの日数(約1年間)の数字を組み合わせる事で、彼が大体何日に1件のペースでブログを更新してきたかが分かります。
2日に1件。
......速くね?
しかも(少なくとも僕が読んだ範囲では)毎ブログしっかりとした量の文書があり、読みやすく、ユーモアを持っている。
異常。
異常な人がこの部にいる(そんなのは最初から分かっt)。その真実を知った僕は、こんな事を思ってしまった。
超えたい! と。
彼のブログの件数を超えて、後世の後輩に「何だこの如月や囲回とかいう先輩.......ブログ件数が桁違いすぎるだろ。特に囲回」と思われたい。そのためにたくさん更新をしたい。
だからこれから3年間、このブログの更新を頑張る!
はい、建前は以上。ブログの更新を頑張りたいのは本音なのだが、先輩を超えるというのが理由の全てではない(ゼロとは言わない...フハハ)。
本音として、頑張ってブログを更新したい理由は単純で、この更新を繰り返す事によって速筆のトレーニングになるかなと思ったからだ。速筆になると文芸部への締切へ間に合わせやすくなるだけでなく、今後大学の論文執筆や会社での資料作成(実際するかはさておき)の時に有利に働くだろう。
はい、建前は以上。速筆になるという実益を得るためというのは理由の全てではない。
本音として、頑張ってブログを更新したい理由は単純で、面白そうだから。
「自分の書いた文章が電子的な字として残る」というのは、あまり(というかほぼ)経験が無い。そして素晴らしい事に人間は、新しい体験をする事に喜びを見出す生物なのである。今の僕にとってブログ更新はここに位置付けされているのだ。
とかなんとか書いたはいいが、敢えて僕は予言しよう。2日に1本などというハイペースとは程遠い、「2週間周期でふと更新したくなり、ぽつりと書く」くらいの更新頻度になる事を。
後輩がなんだ。速筆がなんだ。本能的愉悦がなんだ。どうせ忘れる。「他のやるべき事をするんでー」などと言ってブログ更新をせず、そしてそのやるべき事すらしない。そうなる未来が見えている。
というわけで、如月琴葉氏だけが西校文芸部のブログにおける英雄となる事が確定となりましたとさ。おしまい。
果たしてこれからの僕がこのペンネームに慣れるか、気に入らないまま使うか、あっさり変えるか。真相を探るため我々は部室の奥地へと向かった...。
というわけで(?)、部室への奥地に着いたことですし(?)、現時点での我らが文芸部の感想とかでも書きましょうかね。
部活動見学の日、文芸部室へと足を踏み入れた僕を待っていたのは、多種多様で捉え所の無いナニカで埋め尽くされた棚と、これまで自分が使ってきた「個性的」という言葉の意味を疑ってしまうほど個性的な人々だった。
自分の中で想像していた、「静謐に言葉を吟味し誰かへ言の葉の芸術を届ける厳かな部活」というイメージは1秒で瓦解した。
安心した。もしそんな様子を見せていたなら、この部活に入れば僕は浮いてしまうと思い、即回れ右をしていたかもしれない。
だけど現実はそうでなかったから、僕は入部届を出すことを決めた。雑多だが案外整っている棚と、個性的で揃いも揃って話しやすい部員がある文芸部に。
さて、失礼にもさも物体かのように「部員がある」と言ってしまったところで、この文章は締めることにしましょう。
「敬語と常語は統一しろ」...?うるさい、気にしないでください。

