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西高文芸部員が気のみ気のまま付ける活動記録。個性溢れる文章で日々の活動を記録していければいいのだが、果たしていつまで続くのやら……
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札幌西高 文芸部
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非公開
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北の大地なる札幌西高校の文芸部員がまったり管理するブログです。活動報告、雑談などなど混ざってます。
そのうちに誰かが文芸部にイノベーションを起こしてくれるような気がしないでもない。

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どうも、多くの果物が家にあるからという単純な理由で秋を満喫していると言いきれます、囲回曰です。
 さて、第151号の発行が割と近い現状ですが、その掲載作品に取捨選択という選択肢があるくらいには完成作品が(乱雑に)あります。
 まず簡単にそれらを紹介します。
・雑多(150掲載と似た感じ)な短歌
・雑多な川柳
・雑多な俳句
・複数の短歌をストーリー形式に繋げたもの
・複数の川柳で一つの世界について語ったもの
・インスタント川柳
・詩
 また、あと一息で完成しそうな作品もいくつかありますが、それはもう152以降での掲載を決定する事に決定するつもりです。
 さて、これら全てを151に掲載することは可能なのですが、ああそうかと無条件で掲載することに僕は踏みとどまりました。
 おそらくスケジュール的に、新入生歓迎号(152号)のために完全新規で短歌俳句川柳を作ることは難しい上、現在制作途中の連作にはあまり「新入生への引き」が少ないと思ったからです。
 152号を受け取った新入生が『文芸部面白そう』と思うような内容は、僕の作品レパートリーの中ではおそらく「雑多な短歌」くらいしか無いと思ったため、これを152に掲載するべきではと思いました。
 しかしここでまた別の問題が浮かびました。
 152には、小説を掲載する、と決めているからです。もちろん雑多短歌と小説の両方を掲載することに形式的な問題はありません。しかし懸念点がひとつ。
 多いんすよ。雑多短歌。既に。
 150で8ページも僕の短歌が占領していたにも関わらず、現時点でもうその作品数の1.5倍以上を備蓄しているのです。これで更に掲載タイミングを遅らせたら、紙めくつても紙めくつても雑多短歌(種田山頭火さんに敬意を持って)状態になってしまいかねないのです。いっつべりーばっど!
 しかし、あえて、逆に、と僕は言います。そんな山ほどの短歌がごそりと載っている部誌を読んだならその人は、とても文芸に興味が出るのでは?と僕は考えることができました。
 小説や詩や評論文は(文字数的なのもあるかもしれないが)高尚でハードルが高そうに思える。俳句川柳は引き算の美学を強く推すものでありこれもまた手をつけづらい。そう考えている人からすれば、短歌というのは非常に身近で、「今から自分が創作側へゆく」のを視野に入れている人からしたらとても興味の惹かれるジャンルだと思います。......妄想の占める割合が大きいですかね。
 なので、これらの論理を以てすれば、新入生歓迎号に雑多短歌をぶち込み、その前号にてその他の連作を載せるのもまた一つの最善だと言えるのです。ですので、その通りにしたいと思います。
 しかしながら。
 いくら他の作品が雑多短歌よりもずっと文字数が少ないといえど、その作品を全て一つの号に掲載するとなると、結構な量になってしまうのです。
 なので、既に完成しているうちのいくつかは、152か153かに載せようと思っています。
 具体的に言えば、「複数の川柳で一つの世界について語ったもの」でしょうか。あれは文芸にライトな方の興味をも引けるインパクトがあるはずなので、学校祭号に載せるのが妥当かなと。
 なので結論(または自分用備忘録)としては、
・151には完成品のうち、雑多短歌と連川柳を除いたものを載せる
・152には新規小説と雑多短歌を載せる
・153には連川柳と新規作品を載せる
 という決定にしようと思います。果たして153にはどれほどの量の雑多短歌を載せることができるのか。そして小説は完成できるのか。不安で仕方がありませんが、とにかく決定さえしてしまえば人は動きやすくなります。その事実と未来の自分を僕は信じます。

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結論をズバリ。読んだのは「芋粥」だけでした。
 とても大きなカボチャ(眼を模したシール付き)が家のテーブルに一週間以上鎮座していましたが、数日前に家族の口に入りました。どうも囲回曰です。
 「秋!」で触れた通り、シルバーウィークにて読書の秋を存在させようと画策していましたが、結果としてはわずか芋粥ひとつしか読んでいませんでした。時間的にはもっと読めたはずですが、読書をしようという発想が出てきませんでした。先のブログで「ああ文芸部らしい!」とほざいていた人とは思えませんね。
 さて、芋粥の感想ですが...。
 何でこうなった?という感想はあまり変わっていませんでした。いや成長してないんかい!と皆さんは思うかもしれませんが、話はこれからです。
 前回から変わった所は、「なぜこうなった?」の次に続く言葉が、前は「展開で重要な部分を読み飛ばしたのかな...」だったのが今回は「この理屈に割り切れない所に人間の心理の妙があるんだなあ」になった所です。要するに文章外のところを読めるようになったわけですね。
 言い切ってしまうのはどうにも良くないようにも思えてしまうわけですが。
 シルバーウィークは終わりましたが、秋は終わっていません。また読書をする機会と、ここにその感想を書き記す機会の両方があれば、感想をここに書くことにします。

 さて、明日から文芸研究大会の全道編が始まります。シルバーウィークが終わり、一日学校へ行ったら翌日から大会があるため学校を休み、それが終わったら日曜日。うーん、『今日有給を使えば最大九連休!』などと謳われそうな予定ですね。学校休む日=休日 という考え方を何の躊躇いもなく前提にする所がなんともはや。
 それはともかく、来年は今年のように「大会にも使われる」とは知らずに著した文字たちを大会に飛ばすなんていうことはせずに、大会へ向かっていっても何の遜色もない作品を作っておきたいです。そうすれば今年よりももっ良い賞を得られるはずなので。(今年の作品の評価が確定していない今書くのはどこかおかしい気もしますが)
 なので「月を見る独りで月を見るるるるるるるるるるるるるるるるるる」などという色物も大会に送ることはもう無いと思います。
 他の短歌もあったのにこれをわざわざ選んでおいてこんな事を書くなんておかしい!という声はさよならバイバイそしてさらばだ。
 今年のうちに今年の反省をしておく事で、来年に大きな成長をする大作戦。結果が出るのはかなり先になりますが、この作戦の結末もまた機会があれば報告をしようと思います。

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タイトルに是が非でも句点をつけるというこだわりを譲らなかったせいでタイトルが大変気持ち悪いですね。
 どうも、一番好きな季節は秋な囲回曰です。
 ここ一週間くらいで突然冷え込んできましたね。もう高校一年生の夏は二度と来ないのだという事実を突きつけられていますが、僕なりに夏を楽しんでたのでノーダメージ。
 秋といえば読書の秋。というわけで、9/19からの五連休では色々な本を読もうと思っています。少なくとも今は。
 なので、五連休の後の学校の昼休みにて、何の本を読んだかを激短感想文と併せてブログに書こうと思います。ああ、文芸部らしい!
 こうまで言っておいて、報告が『全然読めませんでした。あぁー残念。』とかだったら結構具合が悪く、囲回曰ふざけんなという思いが浮かぶことと思います。その時は僕と一緒に囲回曰の悪口を言いましょう。

 ひとまず、昔に読んで感想が『んーなんでこうなったの??』しか無かった短編小説、芥川龍之介の「芋粥」は絶対に読み直したいと思っています。

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部誌の「自由創作」のスペースでやってもよかったかもしれません。
 僕の短歌のでき方には、おおよそ二種類あります。一つ目は出てきたアイデアを57577に整える方式(一生が唾液で完結...など)。二つ目は使いたい言葉について発想を飛ばして、同じ短歌に詰め込んで面白そうな他の言葉を探してくっつける方式(消しゴムは最終兵器...など)。そして、(少なくとも150号掲載作品においては)圧倒的に後者の方が多いです。アイデアの閃きを必要とせず、簡単に短歌を作る事ができるからです。理論上言葉ひとつにつき一首作れるわけですからね。理論上があまりに机上論すぎますね。
 そのことは、食べ物が入っている短歌がたくさんあることから事実と分かってもらえるでしょう。
 そして今回のブログにおいても、この方式で短歌を作っていきたいと思います。まあそもそもアイデア産だったら『思考の流れを文章化』する余地がありませんからね。

 さて、なんの言葉を使いましょうかね。せっかくなら「ブログ」とかどうでしょうか。良いですね。これでいきましょう。
 これについて詠む上でざらっと調べてみた所、語源は「Web+Log」(ウェブでの日誌)とのこと。なるほどつまりネット特有の要素をつまみ上げれば良い短歌になりそうですね。
 ネット特有...。回線を切れば虚無になるそのあっけなさと、全世界から見られる可能性を持つ存在感、なんてどうでしょうか。この性質を持つ他の言葉を探してみれば、比喩なり発想なりができるので探してみましょう。
 すぐ思いつくのはアイドルやタレント。噂ひとつで表舞台から消えかねないあっけなさと多くの人に知られるという事実がこれと似ています...が、よく考えたら「彼らがネットで有名になる」なんていうのがとても一般的であり、ふたつの言葉の距離が近すぎます。発想が飛ばないし比喩にも使いづらいです。不適。
 そもそもネット自体があらゆる事象に偏在している(可能性が高い)ので、ほどよい距離感の言葉を見つけるのはかなり厳しそうです。なのでやっぱり『この性質を持つ他の言葉を探』すのはやめて、他の思考の仕方をしてみましょう。
 「ブログでは絶対にありえない事」なんてどうでしょう。ありえない事が起こる世界を575くらいで描き、「そんな世界だからこそ生まれる不気味な価値観」を77で語る。こういう構成にでもしてみましょうか。「二次元に四次元ポケットがあるならば...」などと似ているからマンネリだ!と思われるかと思いますが、無視。
 とにかく、そのような事を列挙してみましょう。
・アカウントが前世の自分との共有・文字が勝手に愛の囁きに書き換わる・近況を打ちこむたびに自分の身の回りが変わり、結果嘘をブログに書いたことになる・『冬』という言葉を使うたびに冬が近づく・元神様が更新をしている・元閻魔が更新をしている・打ち込んだ言葉が100%言霊になる・ブログを投稿するたびに、自分の先祖も似たような出来事に遭う
 ...えー一旦ストップ。短歌に使いづらい発想ばっかり出てきますね。小説でも書いとけ。
 今パッと出てきたのは、「ブログに読/点を打つたび/人生に/張りが出てきた」という5757です。もうこれでいきましょう。これの推敲で行きましょう。
 まず語順を調整したいです。読点と張りについての短歌なのに、綺麗に単語が切れないのは問題です。

  読点をブログに打つたび人生のリズムが軽くなってゆくかな

 一旦形になった第一稿。これを叩きましょう。
 展開が僕の短歌らしくないなと思うので、後半の577を替えましょう。何回か僕の短歌を読み返して思ったのは、『執拗なほど具体性や日常性を持ってくる』点です。作品例を出すなら「ちはやぶる...」や「神様もお祈り」とかでしょうかね。

  読点をブログに打つたび割り箸が綺麗に割れる確率上がる

 第二稿。一番最後の7に窮屈さを感じ、スッキリさがあまり無いので修正したいですね。

  読点をブログに打てば割り箸もずっと綺麗に割れやすくなる

 第三稿。「読点によって文章を読みやすくなるように整える」という要素が掴みにくいですね。これは第一稿からあったから真っ先に直すべきだったかも。

  読点を打って言葉を読みやすくすれば割り箸割りやすくなる

 「読」「割」が重複していますね。割り箸に関しては間に言葉を詰めれば良いですが、読は言葉を調整しましょう。「割りやすく/すれば」も悪いです。

  読点で文を綺麗にできるので割り箸だって綺麗に割れる

 うーん、「文を綺麗にできるので」がイマイチに感じるものの、修正後の言葉がパッとは出てきません。

  読点で文を綺麗に切れるのに野菜は上手く切れないなんて

 
 ......よし、これで完成でよいでしょう。
 料理は苦手な物書きが語り手なのでしょうか。分野違えば得意も変わる。このことが「...なんて」という口語調でコミカルに描かれています。
 はい、自分でインスタント評論文を書いたところで完成にしましょう。実は今回は、二日間の昼休みを丸々使ってようやく書き上げる事ができました。執筆時間は過去最長かもしれません。

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こんにちは、このブログで既に自己紹介をしていたため、肝心の部誌の方で僕の名前を「いぐちはじめ」と読むのだということを書きわすれていました、囲回曰です。
 学校祭が終わり、僕たち部員の書いた文字がいっぱい印刷された紙たちが外部へと飛び立っていきました。考えれば当たり前ですが感慨深いですね。「かんが」で韻を踏めていますね。缶がカンガルーを鑑みる。
 ちょうど先日、中学の頃からの友人の何人かに部誌を渡すために少々の遠出をしました。まあ札幌から出ていないんですけど。
 その友人は中学の頃の僕の文章をよく読んでいたため、僕のペンネームを伝えなかったにもかかわらず僕=囲回曰だという事を当ててきました。やっぱり文章にはその著者らしさがよく出るということなんですかね。自分らしさを表現するのに躍起にならなくても、勝手に読者に感じられるというのはある面で安心感がありますが、包み隠そうとしても勝手にどこかからか漏れてるとい考えると不安感もあります。

 一体何の話をしているんでしょうか。書く事が芋蔓式に、連組ゲームをするようにぬるぬると少しづつ違う方向へ向かってゆく前に、空気に埋没する前に、閑話休題と叫んでおくことにします。

 学校祭の展示では「15分の手紙」「創作単語しりとり」を主に行ったというのはみなさんご存知であるという事は前提とします。
 現代人は全然手紙を書かない。いや昔の手紙事情をいまいち知らないためそう言い切るのも悪いような気がするんですが、何か特別な年中行事が無いにも関わらず手紙を書く/貰うというのが(記憶の中では)初めてになるくらいには、僕と手紙の距離が開いています。そしてそれは僕だけではないとも思います。
 そんな現状である中、しかも初めましてから十数分の人に手紙を書くなんて!当日の前までは相当難しいことのように思えたため、希望者がいても全部先輩に丸投げしようかとも心の中で思っていました。新入生らしく慎ましく。
 ところがどっこい、学校祭初日、その頼りになる先輩が他のシフトのために退室をしているタイミングで、その手紙の希望者がいらっしゃったのです。
 書きました。「便箋二枚くらいが目安かな」という先輩の言葉を思い出しつつ、便箋三枚に亘る手紙を。
 そして渡しました。このお客様には「囲回曰からもらった手紙」としてではなく「札幌西高等学校文芸部からもらった手紙」として読まれるというのは当然のことです。他の部員の方ならもっと素敵な手紙を書くのだろうか......とも思いつつ、いやこれは僕にとっての理論上最高の手紙だ!と思いながら渡した手紙を、さながら貴重品のようにバッグに仕舞われた瞬間がありました。その時の感情を僕は「達成感」と呼ぶことにしましょう。

 その後、二日目も一通だけ手紙を書き(今度は便箋四枚)、僕にとっての15分の手紙は一旦幕を閉じました。便箋などは余っており、もしかしたら来年もやるかもしれないので「一旦」と書いておきます。

 創作単語しりとりについては部誌で回収する予定なので今回はここでさらば!思ったよりも長文になったな!もちろん一回の昼休みで全てを書き切っているから僕のやる気の方向性が本当に分からない!勉強にそれを向けたらお前はどうなるんだ!?

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