そのうちに誰かが文芸部にイノベーションを起こしてくれるような気がしないでもない。
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そんなこといったら「料理」や「旅」もそうなんですけどね。
毎度のことながら昼休みに執筆しています、囲回曰です。こんにちは。
さてさて、昨晩は(勉強の途中に突如思い立って)部誌に載せるための小説を書いてみたんですが、楽しい。そして面白い。僕が前に書いた時よりも多少なりとも技術が向上している(気になっている)し、一応完結までは漕ぎ着けたので達成感補正もあるでしょうが、果たして僕以上に上手く小説を書ける高校生は日本に何人いるんだとすら思い上がっていました。
気になったので今計算してみましょう。全国の高校生の数×1/40(ひとクラスに1人は小説書くやついるだろと仮定)で小説を書く高校生の数を出し、それの上位3%にいると仮定しましょう。ノートの端に書いただけの人もこの数に入っているでしょうし。
2865463×1/40×0.3
=716365.75×0.3
→およそ2万人
......はい。
なんかの仮定を大間違いしているんじゃないかというくらい多くなってしまいました。おかしい、僕の計算に狂いは無いはずなのに...。
そんな戯言はキッチンの三角コーナーに突っ込んでおいて。
本題は、どうやったら工程が複雑な小説執筆に楽しさやこだわりを作れるか、ということについて考える事です。
みなさんご存知の通り、小説というのは普通
アイデア→骨格→本文執筆→校正→校正→校正→アイデア練り直し→骨格→ボツ→アイデアづくりの礎と言い訳して逃避行→奇跡的にアイデアが降りてくる→骨格→本文執筆→校正→校正→校正→完成
という流れを経て制作されます。僕もこのセオリー通りに書き進めるのかと思っていたのですが、今回に限っては驚異的な順番でした。
本文執筆→アイデア→本文執筆→アイデア→本文執筆→校正→完成
頭おかしいんか。大失敗した福笑いくらいグチャグチャしてやがります。でも残念ながら本当です。はい、私は一切アイデアが湧かないまま書き始めて、それをボツにしないまま書き上げてしまいました。頭おかしいんだ。
なので、もし僕の短編小説が部誌に三本以上(これとは関係なく一本書いてたため)載っていたら、ああアイデアに満足いかず書き直したものの、旧作を捨てるのは忍びないので掲載させてもらったんだなと思ってください。ちゃんちゃん。
......本題を忘れてました。この複雑で多様な工程に楽しさやこだわりをどうやって見出すか、でしたね。
まず楽しさに関しては、既に楽しいので無理に答えを出す必要に乏しいです。今後楽しくなくなった時の心のチューニングのために方法を考えておくべきだとは思いますが。
そしてこだわり。「神は細部に宿る」という言葉を信じるならば小さな言葉の選択全てにこだわりが生じ、特に気にせずとも自然とこだわりが作れます。ですが私はこの言葉を盲信しません。小説においては、展開の骨子やコンセプトにこそこだわりが生じると思っています。そりゃそうか。
なので今後を見据えた僕の長期的な課題としては、様々なジャンルの小説を読んで語彙やストーリーの性質を学び、楽しんで小説を書くべきなのです。
というわけで、無駄話や前置きよりも本題の方が文章量が少ないという事実に驚愕したところで、今回は終わっておきます。実は一回の昼休み中に書ききれず、翌日の昼休みにようやく書き終わるくらいには無駄話が長かったという話をしながら、さようなら。
どーも、囲回曰です。
というわけで俳句甲子園が、マジカルバナナにおける「バナナ」と「レモン」くらいにまで近づいてきたわけなのですが、いやはや自分の俳句について突かれて答えるのに詰まる詰まる。思想の言語化が難しいとは過去にも書いたのですが、もしかしたら一単語目を思いついた段階でもう口を開くのが良いのではと思うようになってきました。話しながら考える。というか沈黙が長くなればどんどん話しづらくなるためそれを防ぐ。ほんのりでも『言いたい事』が心の中に浮かんだのをスタートサインにするようにしたら、ディペートのテンポが良くなり結果優勢になる可能性が十分にある。ならば喋ろ。そう自分に言ってみる事にしました。
まあそう自分に言おうと決めたのは、今日、俳句にお詳しい方々とディペート練習をし終えた帰り道なんですけどね。想像通り、その練習では言いたい事を頭の中で練ろうとしてボロボロ崩れているうちに時間が消えていきました。残念。
質の高いディペートに向けて自分の俳句についての質疑応答をセルフで行う修行をしようかとも思いましたが、そもそも突かれるポイントが自分の発想の域を出ず、ガラパゴス状態になりかねないので数回で留めておきます。もしかしたらAIを使ってみるのも良いかもしれませんが、質が保証されない上創作関係に甘いので(前にしょうもない小説のネタを評価させたらベタ褒めだった)、期待はするべきではないでしょう。一応一回試してはみます。
この文章、読者が蚊帳の外ですね。悲しい。一応蚊帳の中に入れるような話をすると、その今日の練習の時の句に「はじめちょろちょろ中ぱっぱ」という、土鍋の上手な炊き方を表す伝承の言葉を知っている事を前提とした句があったのですが、その言葉を知らないせいで頓珍漢な読み方をしてしまいました。いやーそもそも土鍋が減ってきている今、知る機会が減っているとはいえ悲しいですね。ぼきゃぶらりいを増やす修行ってどこかで得られますか?無料ですか?
運動会がありました。5日くらい少し前に。
お察しの通り僕は運動神経が標準的なので、あまりガンガン競技に出るタイプではありません。午前に2競技だけ、それもあまり疲れないものを。
午前中、結構意識は「今この情景を俳句にしたらどうなるかなぁ」という事と午後の競技に向いていました。
午後の競技。それは何か。
お察しの通り、部活対抗リレーです。
何週間も前の文芸部会議の流れ次第では、出場しない事もあり得ました。そう思うと今回の運動会で、先輩(会ったことない)の遺品である旭日旗Tシャツを身につける機会に巡り会えたのは、案外幸運なのかもしれません。
そして更に有り難い事が重なり、先輩が素敵で大きな旭日旗を作っていただけたため、それをリレーのバトンにしてグラウンドを駆け回りました。
そう。旭日旗Tシャツを着ながら、旭日旗を持って走りました。もしかして:不審者
しかも、部活対抗リレーが終わった後もそのTシャツを着て記念撮影したり、シャツを先輩に着せたり、PTに着せようとしたり、文芸部に全く関係がない友人に着せたり、組の色の応援旗を振っている後ろで旭日旗を振って全国民を応援&祝福したりと様々な行動をやらかしました。何なんですかね。酔った勢いでした行動を翌日思い出して後悔する感覚に近い。
絶対に「囲回曰」も「(僕の本名)」も知らないのに『なんか旭日旗に身も心も染まっているヤツ』として僕の存在を認知した人もいるはずです。まあ結構人々の後方で振ってたので居なくてもおかしくはないですが。
ところで、午後の多くを旭日旗の振りに費やした僕は、こう強く思いました。
来年も旭日旗を振りたい、と。
せっかく素晴らしい出来の旗を作っていただいたのだから、栄光が1日限りなのは勿体無い。
あと、微か(手持ち部分を握りやすくするため、角材の角をやすりがけで落とした)とはいえ僕が制作に関わった物が、僕が高校を卒業した後でもずっと部室に残って親しまれ続ける事にえもおしょなる的な何かを感じるので、文芸部の伝統にして、少なくとも2世代後にもバトンに使われるようになってほしい。言いたい事フワッとし過ぎですね。
もちろん反対意見や代替意見が出たら諦めますが、僕は来年や再来年は「バトンとして旭日旗を推します!」と言うつもりです。
そもそも来年以降は部活対抗リレーに出ない可能性、新入部員が来ず強制的に伝統が絶たれる可能性.......には目を瞑って
これには理由がある。俳句を詠む経験がほとんどなかった僕は、下手な鉄砲を数撃つ作戦に出たのだ。有難いことに、僕たちの句を添削してくれる、俳句経験の豊富な神様のような方とのコンタクトを先輩が取ってくださったため、それ幸いにと全ての兼題で案をたくさん出し、その方に送って添削を乞うた。
そうすると、早くに弾が掠めた物や、二発目で突然仕留めた物、OG様の補助もありつつ網で捕獲できた物の3つを獲得できた。すると何ということだろう、3つ全ての兼題についての俳句が完成しているではないか。
そんな経緯があった為、甲子園に僕の3つの句を使っていただける次第になった。
でも僕が言いたい所はそこではない。
僕には、外した鉄砲も数多くある、という事だ。
このブログでそれを紹介&貶しをし、供養をしようと思う。本来なら日の目を見れるはずじゃなかった句にも認知の機会を...。
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霾と池がロイヤルミルクティー
鶯の弾みにたわむ小枝かな
つちふるや靴を飛ばして雨を待つ
土降りて窓に絵を描く子供かな
これらのボツ理由は「そういう景色はあるかもね。うん、だからどうした」で終わり読者の想像の余地が無いので俳句として薄っぺらいから。残ってない&忘れているだけで他にもこういう感じの句を作っていたかも。ロイヤルミルクティーは語呂がいい。
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鶯よもう団子屋には捕まるな
つちふるや白髪やがてきなこ餅
つちふる日[カンパン レシピ おかず系]
食べ物、好きだな。この人。上二つは単純に季語にまつわる事象を書いているだけなので、あまり面白くなくボツ。カンパンのやつは他に良い句があったので消去法でボツ。今回紹介するボツ句の中では一番好き。
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霾やモナ・リザたちが闊歩する
鶯の群れで取る出汁夢に見て
何を言いたいの?景色も心情も見えてこない。となり、読者の心の中で発生する物が全然無いのでボツ。これでもモナ・リザは結構時間をかけて作ったのに(どうせ時間を使うなら、『モナ・リザの絵画のように、本来よりも少し黄色味が混じった景色が霾時に見える。そんな時に外を歩いている人はモナ・リザのような者なのではないか、という楽しい想像をした句』という内容が伝わる言葉の使い方を探せよと思う)。
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まだボツ句はあるのだが、そもそも僕には俳句の解説能力に乏しい上、これ以上続けると「もっと良い句を作れた(数撃って当たった句が他にあった)」以上の理由を言語化できない句もごろごろ出てくると危惧される。そうなると、「お前はこういう点が駄目だったんだ。ボツは必然だ」と句に言い聞かせる事が難しくなり、句の供養としては弱くなる。なのでこの辺りで終えようと思う。
俳句作り、楽しいですよ。本当に。
どうも、囲回曰です。(今ふと思ったんだけど「囲回」などと苗字単で名前を書いた事無いなあ。次苗字単で名乗ろうかな)
皆さんは小説書いた事がありますか?
あったらすごいです。
というわけで僕はすごいです(€
ご存知の通り、文芸部誌に載せられる文芸にはたくさんの種類があります。その中の一つに「小説」はありま。というか文芸の代表は小説(たぶん)なので無かったらおかしいのですが。
僕は小説を部誌に載せたいと思っています。しかしここで難点が何点か(激ウマギャグ)。
まず僕の小説を書くスピードでは、おそらく生活の色々を犠牲にしないと書き上げられないという事。かつての経験によると、1時間で1000文字、長期的に書き続けるなら(サボるとかも含めて)1ヶ月に3000文字。(......え、1ヶ月に3時間しか書いてなかったの...?馬鹿じゃないでしょうか)このペースでは絶対に掲載に間に合いません。しかし例えば、現状は毎昼休みにブログを書いていますが、その時間を小説執筆に充てれば結構な文字数を進められるのではないでしょうか。1日に20分くらい書けると仮定すると、代償ほぼ0で1週間に1600文字くらいは書けるという計算になります。しかもまだゲームや勉強の時間を執筆に充てる余地がある。
取らぬ狸の皮算用と笑われるだろうか?しかし事実、昼休みで数百文字のブログを何度も書き切っている。やれる。僕はそれをする事が出来る。I candy it.
というわけで、昼休みの時間をブログ執筆に充てるのは辞めて、小説執筆にシフトしたいと思います。明日から。

