プロフィール
HN:
札幌西高 文芸部
性別:
非公開
自己紹介:
北の大地なる札幌西高校の文芸部員がまったり管理するブログです。活動報告、雑談などなど混ざってます。
そのうちに誰かが文芸部にイノベーションを起こしてくれるような気がしないでもない。
*コメントはお気軽に。ネチケットお願いします。
*リンクはフリー。相互リンク歓迎します。
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[05/21 如月 琴希]
[05/18 その友達]
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Side A
またもAB面構成。
それはそうと今日はひどい雨だ。
傘を忘れた自分が悪いのだが、バスに乗っている今すぐにでも風邪をひきそうである。
かの有名な井上陽水の歌に「傘がない」というのがあった。
別に、君に会いに行かなくちゃ、そんな相手がいるわけではないが、でもあの歌で歌われているのはそこじゃないと思う。
あの歌で私がいいと思うのは、世間のことに目もくれず、目の前、自分に近いところをどうにかしたという、そんな姿勢である。
問題は自殺する若者が増えていることでも、我が国の将来のことではなく、少なくとも今日のそれは、雨なのに傘がないということなのである。
別にみんながみんなそうなれと言っているわけではない。むしろそうなったら衆愚政治の始まりだ。
そもそも、どちらかというと、「既にそう」なのである。
学生運動も結果的には体制側の勝利に終わり、当時の若者は無力感に苛まれ、少しずつ内向きになり始めていたのだろうか、ということを考えたときに、彼らの心情というか、まあそんな時代を反映している感があるのではないか。あるいはその頃に我慢してきた、押しつぶしてきた個の欲求、その表れというべきか。
まあそのようなものがあったのではないかと思う。
それと、当時はまだ個の感情なんか、ね。今と比べると、少なくとも明確に押しつぶされたような、そんな時代ではあるだろうから(まあその意味では今のほうが陰湿な気はしますが)その意味でも画期性はあったのかも。
まあそんなわけで、傘がないという曲が思い浮かんでから激しく連想ゲーム、こんなことを思いながら、私はびしょ濡れで帰ったわけです。マジでお腹冷える…。
こうして考えると、傘がない、この曲には非常に説得力がある。そっか、これテーマ選びもかなーり秀逸なんですね、みんなが共感しやすい点で。
てゆーか
ペトリコールが自分の体からするんですけど!
なにこれさっさとお風呂入るぅ!!!
そういえばぺとりこぉるってなんか横文字シャレオツですよね、いやなんとなく。
Side B
思ったことがある。
自分はもう、来年以降はここの学校祭に携わることもない。
まあ別に、クラスには正直何も関与していないようなものなのだが(ぉ、部活に関してはこのブログ未登場の三次元的一人称という人と主に率先して色々やっていたわけだ。
そう思うと、どこか感慨深い。
正直やりきったとまでは言わないが、でもかなーりやりたいことをやらせていただいて、楽しかったといえばそういう感想が正しいのかな、というように思う。
このところは後処理をやっている最中だが、そうしていると余計に終わったことに対する実感というものが出てくるわけで、そうなってくるといよいよ引き継ぎというものもしなければならない時期に来たんだなぁと実感するわけだ。
でも実はまだまだやることはたっくさんあって、7月20日文フリ、8月・9月の大会と、妙に忙しいんですよね、このあとも。
うーん、大変だぁ。
寂しがる暇も、そもそも理由もないんです、まだ活動があるせいで。
でもいずれにしても、全部この学校のこの文芸部という枠の中では最後になるわけだから、まあそうですね、大切にしていく他ないでしょう。
高校生ね…3年通してクラス関連に良い記憶は何もないんですけど、でも部活には黒歴史ごと色々とつまってますね。
なるほどな、高校生に戻りたいって人が多いのはこういうことなのかもね。
まあ、個人的にはこの部活の部分だけを切り取りたいですけどね(笑)
とりあえずまだまだ頑張りまっす。ブログだって更新しますよたくさん。
…多分。
またもAB面構成。
それはそうと今日はひどい雨だ。
傘を忘れた自分が悪いのだが、バスに乗っている今すぐにでも風邪をひきそうである。
かの有名な井上陽水の歌に「傘がない」というのがあった。
別に、君に会いに行かなくちゃ、そんな相手がいるわけではないが、でもあの歌で歌われているのはそこじゃないと思う。
あの歌で私がいいと思うのは、世間のことに目もくれず、目の前、自分に近いところをどうにかしたという、そんな姿勢である。
問題は自殺する若者が増えていることでも、我が国の将来のことではなく、少なくとも今日のそれは、雨なのに傘がないということなのである。
別にみんながみんなそうなれと言っているわけではない。むしろそうなったら衆愚政治の始まりだ。
そもそも、どちらかというと、「既にそう」なのである。
学生運動も結果的には体制側の勝利に終わり、当時の若者は無力感に苛まれ、少しずつ内向きになり始めていたのだろうか、ということを考えたときに、彼らの心情というか、まあそんな時代を反映している感があるのではないか。あるいはその頃に我慢してきた、押しつぶしてきた個の欲求、その表れというべきか。
まあそのようなものがあったのではないかと思う。
それと、当時はまだ個の感情なんか、ね。今と比べると、少なくとも明確に押しつぶされたような、そんな時代ではあるだろうから(まあその意味では今のほうが陰湿な気はしますが)その意味でも画期性はあったのかも。
まあそんなわけで、傘がないという曲が思い浮かんでから激しく連想ゲーム、こんなことを思いながら、私はびしょ濡れで帰ったわけです。マジでお腹冷える…。
こうして考えると、傘がない、この曲には非常に説得力がある。そっか、これテーマ選びもかなーり秀逸なんですね、みんなが共感しやすい点で。
てゆーか
ペトリコールが自分の体からするんですけど!
なにこれさっさとお風呂入るぅ!!!
そういえばぺとりこぉるってなんか横文字シャレオツですよね、いやなんとなく。
Side B
思ったことがある。
自分はもう、来年以降はここの学校祭に携わることもない。
まあ別に、クラスには正直何も関与していないようなものなのだが(ぉ、部活に関してはこのブログ未登場の三次元的一人称という人と主に率先して色々やっていたわけだ。
そう思うと、どこか感慨深い。
正直やりきったとまでは言わないが、でもかなーりやりたいことをやらせていただいて、楽しかったといえばそういう感想が正しいのかな、というように思う。
このところは後処理をやっている最中だが、そうしていると余計に終わったことに対する実感というものが出てくるわけで、そうなってくるといよいよ引き継ぎというものもしなければならない時期に来たんだなぁと実感するわけだ。
でも実はまだまだやることはたっくさんあって、7月20日文フリ、8月・9月の大会と、妙に忙しいんですよね、このあとも。
うーん、大変だぁ。
寂しがる暇も、そもそも理由もないんです、まだ活動があるせいで。
でもいずれにしても、全部この学校のこの文芸部という枠の中では最後になるわけだから、まあそうですね、大切にしていく他ないでしょう。
高校生ね…3年通してクラス関連に良い記憶は何もないんですけど、でも部活には黒歴史ごと色々とつまってますね。
なるほどな、高校生に戻りたいって人が多いのはこういうことなのかもね。
まあ、個人的にはこの部活の部分だけを切り取りたいですけどね(笑)
とりあえずまだまだ頑張りまっす。ブログだって更新しますよたくさん。
…多分。
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